七五三の記念写真を撮られた頃の私は、何も分かりませんでした。
記念写真の思い出体験談
私は、あまり写真に写る事が好きではなく、大人になった時には、旅行へ出かけても自分が写っている記念写真は、好きではないので、その旅先の風景だけの写真を撮るようにしております。
ですが、私が子供の頃は、父がよく私と妹と母の写真を撮っておりました。そして、やはり私と妹の七五三の時にも、父は記念写真として、着物を着た小さな私と妹の七五三の晴れ姿を、それぞれの七五三の時に記念写真として撮影し、その撮影した写真が、しばらく家の中に、写真を大きく引き伸ばし、それで飾ってありました。その、大きく引き伸ばした七五三の記念写真は、家を新しく建てかえるその時まで飾ってありました。
ですが、家を建てかえ、様々な家の物を出し入れしたりするうちに、その私と妹の大きく引き伸ばした七五三の記念写真はどこかへ行ってしまいました。今回、私はその記念写真が撮られた七五三の日の事を、おぼろげながら、思い出しました。小さくて何も分からないまま着物を着せられ、家に沢山の人が呼ばれ、賑やかなその雰囲気の中で、私は「何だ、これは?」と、しきりにずっと疑問に思っておりました。このような賑やかな場面を初めて体験した幼い私は、まるで異空間にでも行ってしまったかのような新鮮なる驚きを感じておりました。あまりに小さかったために、七五三のお祝いの事も全く分からずに、頭の中に沢山の疑問符が浮いたまま、七五三の時を迎えておりました。当時幼かった私は、人が沢山集まり、賑やかに何やらやっている事が、不思議でなりませんでした。
そして、その七五三の歳になるとお祝いをする、という事を頭で理解できたのは、その時の年齢から、少し成長してからでした。
七五三をして、記念写真を親に撮ってもらっていたその頃が、とても懐かしいです。
今現在では、大人になり、子供の頃の、そうしたあどけない頃と違い、様々な試練にさらされながら、そして現実の厳しさと戦いながら生きています。ですので、今、そうした何も知らないままお祝いの日を迎えていた七五三の日の幼い自分であった頃の事が、本当に懐かしく感じられました。